2019年 春のお彼岸

今年も春のお彼岸が来ます。

今年は、3月18日(月)から3月24日(日)までです。

入日である18日には、池上奉賛会復興丹精者先祖代々追善供養が営まれます。

午後2時本殿に於いて奉賛会会員が参列して、戦後の本門寺復興に尽力した物故者並びに各家先祖代々へ追善供養を捧げます。

また、お中日である、3月21日木曜日。

池上本門寺では、午後1時より法話、午後2時より檀信徒各家先祖代々追善法要が厳修され檀信徒各家先祖の霊に供養を捧げます。

さて。

今日、3月11日という日は、私達にとって決して忘れられない日です。

先日、筆者の東北出身の知人にお話を伺う機会がありましたので、その方のお話について記してみたいと思います。

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が起こりました。

今年で、8年が経ちます。

しかし、まだ8年しか経っていないとも言えます。

行政的には復興対策は終わったとしているところもありますが、まだ崩れ落ちたままになっている家もあり、空き地も多くあるそうです。

そして、なによりも行方不明者の方たちが全員見つかっていません。

その年も、当然、春のお彼岸は来ました。

3月11日には物流が全て止まりました。

食べ物は、生きて行くために絶対必要なものなので、人々はなんとかしていました。

でも、花を始め、生活をしていく上で絶対に必要ではないモノの物流は完全に止まりました。

当然、多くの花屋さんにはシャッターが下りたままでした。

でも、とある1軒の花屋さんに人気を感じたそうです。

もちろん、ほとんど花などはありません。

ところが、なかったわけではなく、常連さんのお彼岸用に奥に仕舞われていたそうなのです。

そしてなんと、花束が1把だけあったそうです。

売ってくれるかと知人が店主に聞くと、一対にはならない、とのことでした。

それでも、お彼岸だからどうしても知人は欲しかったので、店主にお願いをして何とか残された一把の生花束を譲ってもらったそうです。

その花束の中に、1輪カーネーションが入っていました。

知人の祖母は、カーネーションが嫌いだったそうです。

「これは、どなたかに差し上げてください」とお店の人に託して、その花束を持ってすぐにお墓に行ったそうです。

墓地は、あちらこちらで五輪塔の頭が飛んだり、法名碑が通路に寝てたり、それはそれはすさまじい光景だったそうです。

知人は、お仏壇にも飾らなければならないので、お墓にはバラバラの菊をあげ、サイドボードがひっくり返り、食器も散乱したままの自宅に戻って、仏壇にもバラバラの菊を上げました。

1把とはそれだけの量です。

その後、4月7日深夜の余震で、一回転したお墓や、お寺のブロック塀を越えて側溝に刺さったお墓など、墓地はもっと惨事になったそうです。

津波で流されてしまった沿岸部のお墓よりも、ひどいものであったと考えられます。

知人は今でも、お墓参りの最中に強い地震が来たら、と言うPTSDから長時間参ることはできなくなってしまったそうです。

それでも、その時にお花をお供えできた分、仏さまに守られていたのかな、と知人が話していたのが、筆者の胸にとても印象に残りました。

今年のお彼岸も、皆様でお墓参りに行きましょう。



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