馬頭観音

※画像はイメージです

早いもので2019年も、あっという間に3月に突入し、「平成」に代わる新しい元号の発表まで1か月もありません。

政府は、新元号の候補案について、すでに十数個に絞り込んでいるとのことで、いやはや気になってしかたがありません。

さて、このような大イベントである「改元」を控えているわが国日本ですが、なぜか本日は馬頭観音について、少々記してみたいと思います。

筆者がまだ幼いころ、家の前は国道でしたが、まだ一部舗装されておらず、自動車も現在よりはるかに少なかったです。

その頃、地方ではまだ馬が荷物の輸送手段の一つだったのではないかと思います。

筆者が、小学生になり漢字が読めるようになると、神社やお寺に、薄っぺらい石があって、そこに「馬頭観音」と記されているのを目にするようになりました。

祖母に、その意味を訊ねると、人間のために荷物を運んでくれた馬を弔うための石だよ、という答えが返ってきて、長い間そう思っていました。

大人になってから、神社仏閣だけではなく、競馬場や家畜市場のそばにも、たくさん馬頭観音の碑があることを知りました。

ある時、ふと「そもそも馬頭観音って、いったい何?」、そう思い少し調べてみました。

馬頭観音(ハヤグリーヴァ)は、仏教における信仰対象における観音様の一尊のことを言います。

観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つで、いわゆる「六観音」の一尊でもあります。

観音様と言うと自愛に満ちたお顔を浮かべがちですが、馬頭観音はめずらしく忿怒の姿をしています。

柔和相と憤怒相の二つの相があるとのことですが、日本では柔和相を見ることはあまりないとのこと。

体色は赤で、頭上に白い色の馬の頭でもある「白馬頭」や緑色の馬の頭である「碧馬頭(あおばとう)」を戴き、三面三目八臂とする像が多いとのこと。

民間信仰においては、馬の守護神として祀られ、馬のみならずあらゆる畜生類を救う観音ともされいています。

「六字経」を典拠として、呪詛を鎮めて六道輪廻の衆生を救済するとも言われます。

だから、「六観音」においては、畜生道を化益する観音とされるのです。

察するに、顔立ちも馬に似ていた。。。

そういうことから、馬が移動や荷運びの手段として使われるようになって、馬が急死した路傍や芝先(馬捨て場)などに、馬頭観音が祀られたのではないかと考えられます。

いわば動物への「供養塔」としての意味合いが強くなっていったのです。

また、過去の悪しき縁を切るための方法として、馬頭観音が使われる場合もあります。

毎月23日に、馬頭観音に人参を2本とお賽銭を上げます。

そして、切りたい縁を願います。

願ったら絶対後ろを振り向かずに家に帰ります。

よっぽど頑固な悪縁でない限り3回も参れば切れるよと、とあるお上人さんがおっしゃっていました。

私は、10年くらい通いました。

特に人生において悪いこともその間に起こらなかったから、毎月馬頭観音様に、リセットしてもらったのかなと思っています。

馬は死んでも、飼ってもらっていた人のそばに寄り添っている、とも祖母は言っておりました。

早く成仏して、楽になってもらいたい、そんな願いが馬頭観音が意外とあちこちに多くある由来、その謎を解くヒントなのかもしれませんね。